高校二年生になってから一ヶ月、未だに友達と呼べる存在をクラスに作れていなかった。
一年生の時にも仲が良いと言える人はいなかったし、特に作ろうとも思っていなかったけ ど、いなかったらいなかったで少し寂しい。
昼休みも、俺は一人で窓の外を眺めながらパンを食べていた。今日は母が寝坊して弁当を作ってくれなかったのだ。
片手で食べれるパンは楽でいい。
乾いた喉に牛乳を飲もうと、ストローを口に入れた時、
「瀬川先輩!」
と、教室全体に聞こえるくらい大きな声で呼ばれる。
声がした方を見ると、眼鏡をかけた黒髪のポニーテールの見覚えのない女子生徒が扉に手を当て立っていた。
俺は立ち上がり近づいていく。
「えっと、誰?」
「ええ!? 覚えてないんですか!」
大げさなリアクションをしてくる。
「そう言われてもな……名前は?」
「朽木 響子です」
全く覚えがない。
誰だ! とは言わず頭の中を探っていく。
容姿や顔にもあまり記憶がないが、緑のリボンをつけていることから一年生であることがわかった。さっきも先輩って言ってたし。
結局、誰かがわからずにいると、
「……左手の演奏が下手な朽木です」
その言葉で昨日の事を思い出す。
「ああ、君か」
「声で思い出してくださいよ」
そう言われても、演奏の方が印象深くこの子の声なんて覚えていなかった。
それに、昨日会った時とは随分と雰囲気が違う。眼鏡はかけていなかったし、髪も結ばれていなかったはずだ。気づかないのも無理はない。
「何か用?」
ここに来た用件を聞くと、朽木は音が聞こえるほど息を大きく吸い始め俺の制服に吸った息を吐き出す。
「あー、単刀直入に言います」
昨日の今日で来るということは、昨日の話の続きなのだろう。
「昨日の話以外なら聞いてもいいぞ」
そう言うと、朽木は顎に手を当て始め何やら考え出す。
やっぱり昨日のことで来たんだな。
朽木が考え始めてから十五秒ほど経ったところで、
「……好きな食べ物を教えてください」
それで懐柔するつもりなのか、そんな質問をされた。
俺は顎に手を当て深く考えているように朽木を見る。なんだろう、すごくいじめたい気持ちなった。
好きな食べ物と聞いてくるあたり、精神年齢が低いのだろう。
「好きな食べ物か、それって今俺が食べたいものでもいいか?」
「はい! なんでも言ってください、何が食べたいんですか?」
俺は無表情を保ちながら、食べたいモノを低い声で言った。
「女」
沈黙と静寂。俺の発言により、教室内で話していた各グループの生徒たちは黙り、こちらを見始めた。
朽木は朽木で顔を赤くして俯いてしまい、今にも泣き出しそうな雰囲気だった。
発言をした俺自身、これはまずいと感じたが、既に遅かった。
「私……で、よければ……」
スカートの裾を掴みながら震えた声でそんなことを言ってくる。
予想外の反応に、
「落ち着け! 冗談だ、冗談!」
「え……」
周りからの目線も気になり、すぐに弁解する。
「女の手料理が食べたいって意味だ」
我ながら上手い言い訳をしたと思った。
「そう、だったんですね」
なんとか誤魔化せたが、泣かせてしまったことで罪悪感が生まれた。
朽木はポケットからハンカチを取り出し目元を拭い、それと同時に昼休みが終わるチャイムが鳴った。
ハンカチをしまった朽木は鼻声で、
「分かりました、じゃあ、また明日です」
「え、冗談……」
俺の言葉を聞かず、駆け足で行ってしまった。
周りからの視線が気になる中、午後の授業を迎えた。