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 ――――外に出たシュトラフは朝の冷えた空気を割く勢いで酒場へと向かった。酒場の扉は閉まっており『準備中』と書かれた板が貼られていたが人の気配はある。ならば平気かと、遠慮なく扉を開け酒場に足を踏み入れた。酒場はいつもと変わらず木製の長テーブルや椅子が沢山置かれているものの、そこにいるのは掃除していたひらひらと服を揺らしながらせっせと掃除をしているウェイトレスだけだ。
 彼女は扉を開けた音に驚いたのか反射的にこちらに顔を向け、落ち着いた様子で尋ねた。
「あら? シュトラフさん。どうかされま、……したの? 忘れ物……? いえ、そういえば昨夜は来てなかったわね」
「あぁ。少し緊急の用事で来れなかった。……突然で本当申し訳ないんだが、その緊急の用事の一環でな。使ってない女用の衣服とかあったりしないか?」
「随分変わった用事ね。なにかあったの?」
「あまり詮索しないでくれると助かる」
「そう言われると気になるわね…………!」
「服は今日の夕方までには返すから頼むぜ……お願いだ」
 シュトラフが懇願すると、ウェイトレスはニコリと気さくに笑い、快く要求に答えてくれた。
「分かったわ。少し待ってて。小さいのしかないかもしれないけどいいかしら?」
「ああ。平気だ。むしろそうじゃないと無理かもしれない」
「……もしかしてフェイちゃんが着るの?」
 シュトラフはバレてしまったかと言いたげに苦笑し、頭を掻いた。無論演技である。
「まぁ。そんなところだ……頼めるか?」
「もちろんよ! フェイちゃんスカートとか恥ずかしがって今まで着た事もなかったものね。待ってて、可愛いのを取ってくるわ!」
「早めに頼むぜ」
 ウェイトレスは意気揚々と酒場の奥へと行ってしまった。その様子を見届け、視界外にまで行ったのを確認すると、シュトラフは安堵のため息を付いた。
「はぁ……。これで後は服を持って帰って着せれば完璧だ」
「これでいいかしら!?」
 ため息を付いてすっと顔を下ろした間に、ウェイトレスの女性は目の前まで戻ってきていた。シュトラフは僅かに驚き半歩後退したが、あくまでも平静を保ち礼を述べた。
「ああ。これで構わない助かった。ありがとう」
 服は白のブラウスに黒色の胴衣(ボディス)、グレーのスカート、フリルの付いたエプロンだった。黒と白を基調としながらも服の紐の一部は緑や赤を使っている。これら全てを合わせて一つの衣服となる。ディアンドルと呼ばれるものだ。カノンは容姿だけは可愛いので着せたら似合うに違いない。胸のサイズに若干の問題があるが、まぁ許容範囲だ。
「フェイちゃんに着せたら感想聞かせてねー。もしくは連れて来て」
「分かった。約束しよう」
 シュトラフは適当に言葉を並べ酒場を出ると、すぐさま拠点へと向かった。幸いなことにまだ誰も帰って来てはおらず、部屋にいるのはシュトラフ自身と椅子に座って待機していたカノンだけだ。
「服持ってきたぜ。さっそく着てくれ」
「了解です。服は大事です。人間にとってはですが。……こういうとき、普通男性の方であれば後ろを向くのがマナーなのでは? まぁワタシは恥ずかしいなどという感情は持ち合わせていないので構いませんが」
 カノンは服を受け取ると、無感情そうに抑揚のない声でそう発言した。
「すまない。俺は後ろを向いてるから、終わったら教えてくれ」
 シュトラフは名残惜しさを押し込め、すっと後ろを向いて目を閉じた。視界が断絶され、黒一色となるも聴覚は閉じれない。スルスルと布が擦れ合う音が聞こえるなかカノンの不満げな声が響く。
「このブラウス。胸の部分しかないじゃないですか。ブカブカですし。それに背中丸見えですよ。人間で言うとうなじから肩甲骨の辺りまで丸見えです。酷い服ですね。それにこれどうしたらいいんですか。コード……では伝わりませんかね。シッポがある前提の服を用意してくださいよ」
「全裸よりはマシだと思うけどな。それにそんなわけ分からないもん生えてるのはお前だけだから、諦めろ」
「……にしても妙に色気付いてる服ですね。もし胴衣がなかったら破り捨ててました。まぁ、シッポを折り畳むのは嫌ですので、一部分だけ破りますが……。すみません、エプロンの紐はどこで結べばいいのでしょうか。国や時代によってこういった事は細かく指定されているときがありますので、その点に関してはご教授願います」
 エプロンの紐は着用者から見て左側で結べば未婚。右なら既婚。そして真ん中は穢れのないことを示す。シュトラフはその事実を知った上で、迷いを見せることなく即答した。
「真ん中に結べばいい。単純だろ?」
「了解しました」
 そんなやり取りをしていたときだった。シュトラフが想定していた良くない出来事はより最悪な状況となって襲いかかってきたのだ。
「おっかえりー! 金貨に銀貨、ばら撒き終え――――」
 突如として響いた声の方に顔を向けると、そこにはフェイと忠実な部下達がいた。フェイは発言を途中で切り上げると、その場で硬直し顔に恥じらいの色を溢れさせた。
 彼女の翡翠の瞳の先にいるのは……ああ、考えたくもない。それでもシュトラフは視線を追うようにしてゆっくりとカノンに目をやった。
 彼女は確かに服は着ていた。ゆるゆるだが胸を隠せてはいる白いブラウスに、大人びた雰囲気を醸し出す黒い胴衣は纏えていた。しかしそこから下がまだ着れていなかった。今からスカートを履こうとしていたらしく、手は履こうとしていた状態で止まっておりエプロンと紐は足元に落ちている。お尻の辺りからはさきほど文句を言っていた原因である黒い紐のようななにかが漂うように揺れていた。
 見ようによっては脱ごうとしている途中にも見えるだろう。いや、フェイ達は絶対に後者の方だと勘違いしている。
 この状況が誤解であると伝えるにはどうしたらいいだろうか。次に発するべき言葉を僅かな時の中、必死になって捜した。深夜、一人酒場でのドンチャン騒ぎにも参加せず、今こうして可愛らしい少女と部屋で二人きり。しかも少女は服を脱ごうとしている……ように見える。さらには忌むべきことに中途半端に服を着ているため彼女が人間ではないということが分かり辛い。これならまだ全裸で居させた方がマシだったかもしれない。
 数十秒ほどの沈黙が部屋を包み込んだとき、部下の一人が口を開こうとした。まずい。向こうに先手を取られてはいけない。もし先に喋られればその発言が真実になってしまう。それだけはあってはならない。シュトラフは何か言わなければと口を開いたが、
「あ、えっと、その。いや…………違うんだ」