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「これでお互いの意思をもって入団したわけだ。さっそく俺達の仕事を紹介する」
「ただの押し込み強盗ではないのですか」
「いや、確かに金目の物は奪うがそこらの強盗とは一緒にしてもらっちゃ困る」
 シュトラフにとっての一番の目的は自らの名を名誉と畏怖によって広めることだった。そのための義賊行為である。しかしこの理由はペラペラと喋っていいものではないため、もっともらしい理由を述べることにした。この理由も間違いではないため別に嘘はついていない。
「俺達は偏った財産を均等にしてるんだ。盗んだ財産のほとんどはばら撒いている。むしろ無差別に強盗するような品の無い野蛮人は敵だ」
「つまりは盗んだものはどこかでばら撒いているというわけですね」
「理解が早いな。まあ、そういうことだ」
 シュトラフの返答を聞くと、カノンはふっと鼻で笑い、当然ですと言わんばかりに胸を張った。その子供っぽい小さな仕草がほほえましく思えて、シュトラフは微笑んだ。
「何をいきなり笑っているのですか。気持ち悪いですよ? 動機の分からない行動ほど奇怪で予測不能なものはないです」
「あー。ちょっと可愛いと思ったらすぐこれだ。本当に残念だ。なんで俺が残念に思ってるか分かるか?」
「【致命的なエラー】原因を発見出来ませんでした。これ以上あなたのために電力消費をしたくありませんので早く続きを話してください」
「電力……?」
「電気も知らないのですか。やはりワタシを扱うには役不足と言ったところでしょうか。……仕方ありませんね。特別に教えてあげましょう。電力とはワタシを動かすためのエネルギーでございます。人間で言うならばパンや肉のようなものです。何かを破壊することもできます。雷も電気なのですよ」
「そんなのがあるのか……。まぁ俺には関係ないな。今大事なのはカノン、お前が俺達の仕事を理解できているかだ」
「理解できてないと思いですか? ワタシを舐めないでください。シュトラフ様達は義賊でございますね? 不正解であればシュトラフ様の説明力の無さが証明されます」
「いや、逆だな。カノンのおかげで俺の説明力の良さが証明された」
 両者共に睨み合い、また話が逸れそうになったため、団員の一人が二人の間に割り込んだ。
「皆いるんすから、イチャイチャしないでほしいっす。するならもっとプライベートな場所でしてほしいっすよ」
「誰がこいつとイチャついてるんだよ!? 悪い冗談だぜ」
 確かにカノンは幼げなげであざとい魅力を感じさせるが、もっと大人っぽくて、けれど素直で活発的に手をグイグイと引っ張って来るような人が好みなんだ。悪いがカノンをそういう対象にはしようと思えない。
 シュトラフは大慌てで訳の分からない偏見を否定すると、カノンも不快感をあらわにした様子で否定した。
「ワタシが? 人間と? 面白いジョークです。もしそう見えたとのであれば、それはシュトラフ様の片想いか何かが原因でしょう。ワタシには恥じらいと恋情、愛情は搭載されておりません」
「ハハ。さっき恥辱を受けたとか言ってたのは紛れも無いカノン自身じゃないか。フェイも聞いてたよな?」
 シュトラフがフェイに目線を送ると、視線を察したフェイは溜め息をつき、バサリと乱暴に地図を机に広げ、ドン! とその華奢な手で机を叩くと一言だけ発した。
「早く本題に戻りましょう」
 その気迫はどうしてか凄まじいもので、シュトラフは頬を引き攣(つ)らせると無言で何度も頷いた。
「カノンさんが言った通り私達は義賊です。一人でも多くの子供達がご飯を食べられるようにするため、金持ちから財産を収穫します。襲撃する候補は私が調べて、シュトラフ様が決定します」
「それで? 誰を狙うのですか?」
「……次に標的にするとしたら前にも言ったフリードリヒかアルベルトでしょうか。二人とも複数の豪邸をもつ貴族ですね。アドラー・フォン・フェルディナンドもたっぷり私腹を肥やしてそうですが、武器系統の【慧来具】を沢山所持してるって噂があるので無視です」
「フリードリヒだな。一度あいつの屋敷の位置は確認したから楽に行ける」
「アルベルトという人物のところへも地図を見れば行けるのではないのでしょうか?」
 地図が読めないなど絶対に言えない。シュトラフは小さく唸り声を上げたが、すぐに冷静さを取り戻し返答した。
「フリードリヒは前々から標的候補として上がっていた。今頃相当蓄えてるだろうからな、っていうのが主な理由だ。楽に行けるとかそういうのはついでの理由に過ぎないぜ」
「そうですか。それなら構いません。ワタシはどうすればよろしいですか?」
「とりあえず一緒に来てもらおうかな。街の様子ももう少し見てほしいところだし。フェイはいつものとおり聞き込みを頼むぜ。他の奴らはいつもの通りにな」
 シュトラフはようやくいつもの調子を取り戻して行き、威厳に満ちた態度で部下に指示を送った。そして部下達が威勢の良い返事を上げたことを確認すると、カノンと共にフリードリヒ邸へと向かった。第二拠点を出て、段々と人通りの多くなってきた道を直進していく。
 命令にされたからか、それとも好奇心から情報を集めているだけなのかは分からないが、ともかくカノンは自らが歩く石畳の道や、白く眩しい太陽まで見下ろし振り仰ぎ観察していた。
「随分と好奇心旺盛だな。はたから見ると子供みたいだぞ」
「女性に言う言葉ではありませんね。それに好奇心旺盛なのではなく、情報収集をしているだけです」
 カノンは段々と活発に動き始め、文字通り目を光らせて至る所を眺め回った。シッポもその行動に対応するかのごとく、機敏に揺れていた。
 シュトラフは景観なんかよりもカノンの子供っぽい無邪気な行動や仕草を見て惚けていたが、少しばかり危なっかしく思えて慌てて彼女の肩を掴んだ。
「道を曲がるときは気をつけてくれよ? 馬車が躊躇なく突っ込んでくるときがあるぜ」
「心配ありがとうございます。しかしワタシは轢かれようとも死にませんしむしろ死ぬのは相手です。自慢ではありませんが軽自動車程度なら止められます。もう一度言いますが自慢ではありませんよ?」
「すまん。軽自動車ってなんだ?」
「どうせ教えても理解できませんよ。教えるだけ時間の無駄です。時間は金よりも貴重なのですから、ワタシは一秒足りとも無駄にはしたくありません。馬の耳に念仏はしたくないのですよ」
「酷い言われようだな。ええ? カノンだって服の紐をどの位置で結べばいいか知らなかったじゃねえか。それを俺は親切にも教えてあげた。俺は優しいからな。あーでもカノンは俺と違って心が狭いから教えてくれないだろうなぁ……」
「よくいますよね。反論できなくなると人格を否定する人間。恩着せがましい人間は嫌いです。……それに目的地も見えてきましたので雑談は終わりです。これでまだ軽自動車の話をするのであればメリハリが付かないしつこい人間という認識をさせていただきます」
「……あーはいはい。お話終了終了」
 シュトラフは微妙な表情をしながら、話を切り上げると眼前に意識を置いた。話しているときはまったく気にも留めなかったが、視界にはすでに周囲の建物より数倍は大きいであろう豪邸が堂々と佇んでいた。それは高利貸しのちょっとした豪邸などとは比較にならない荘厳さを醸し出していて、大金が掛かっているというのは明らかなのだが、そういったことを感じさせない重々しい威圧感がある。
「本当にもう見えてきたな。……カノンは地図を見ただけで目的地が分かるんだな」
「普通見たら分かります。――――地図が読めるならですがシュトラフ様は例外でしょうか?」
 シュトラフは後悔すると同時に体に緊張を走らせた。心臓に冷や水を掛けられたかのように顔を歪める。
「ははは…………俺は文字だって読める。もちろん地図もだ。だから一度行ったところには絶対迷わないぜ。そんな俺が地図を読めないはずないだろ。ハハ」
「そうなるといいですね」
 カノンは抑揚の無い声でそう一言だけ返すとシュトラフを置いて豪邸の前まで駆け抜けて行った。シュトラフも見失わないようにと共に急ぎ足になる。
「とても広いです。何十人と住めそうな広さがあります」
「実際結構な人数が住んでるだろうな」
 メイドや執事はもちろん、馬車を操縦する御者や子供を教育する家庭教師など上流階級の人間は多くの人を雇う。全て他人任せにすることがステータスにさえもなっている。今頃は料理人が丹精込めて朝食でも作っているころだ。あと30分もすれば奴らは豪勢な料理を優雅に召し上がるはずだ。
「っち。やっぱあいつらは気に入らねえ。絶対奪い取ってやるぜ。準備期間は一週間とちょっとは掛かりそうだけどな。まずは標的の家の近くに夜警の詰め所があるかどうかの確認だ」
「この豪邸の近くは住宅ばかりでございます。地図は一度拝見させていただきましたので、データとして脳内メモリに記録しました。間違いはありません。もし間違えていたのなら、それは地図が間違っているのです」
 カノンは自信に満ち溢れた表情で豪語した。脳内メモリというのが一体どんな代物なのかは分からないが、【慧来具】が間違えることはないだろう。それにいちいち疑ってしまってもきりがない。
「分かった。周辺は安全なんだな。それなら多少騒いでも平気かもな。フリードリヒとやらが【慧来具】を持ってなければの話だが」
 パッと見たかぎり【慧来具】はないが屋内に設置されている可能性もあれば、カノンのように人間に模したものもあるかもしれない。これ以上の情報は使用人や詩人、メイドと関わることの多い肉屋などに聞くほかない。
「窓があることは確認できた。シガールーム辺りから侵入できそうだ。カノン、ここから見て【慧来具】があるかどうかって分かったりするか?」
「【慧来具】というのはシュトラフ様がお持ちになさっているFE-36やワタシのような物のことを言っておりますか?」
 質問を質問で返すなと言い返そうと思ったが、気になる発言だったのでその発言は胸に押し殺した。
 ……FE-36などという名前はいままで一度も聞いたことがなかったが、それでもシュトラフは自身の持つ銃のことを指しているのではと推測もとい確信を得ることができた。カノンが手でこの銃を構える動作をしたからだ。
「質問への質問に対する質問をさせてくれ。そのエフイーサンジュウロクってのはこれのことを言ってるのか?」
 シュトラフはすっと銀に輝く銃の【慧来具】を取り出し、それをカノンに見せた。屋敷への侵入の際、銃口から炎を出して窓を割ったり、白い光弾を出して、無音で鍵を破壊するなどと便利な銃だ。
「はい。紛れもなくその銃は【多機能拳銃-FE-36】でございます。炎やレーザーを瞬発的に出して物を破壊したりする道具です」
「なんで知っているんだ?」
 シュトラフが怪訝そうに尋ねると、カノンは自嘲気味に薄笑いを浮かべ、何かを押し殺すかのように淡々と答えた。
「愚問ですね。一度言ったではありませんか。ワタシは一度捨てられたのです。使わない道具は、そのなかでも特別な仕組みを持つものはゴミ捨て場に捨てられる。ゴミ捨て場とはこの世界のことです。――――説明は以上です。理解できない点はありますか?」
 確かに、【慧来具】は本当に動かないものもあった。明らかに何かの部品が消え失せているときもあった。だが理解できない点がないはずがなかった。
 その捻くれた性格の所為で捨てられたんじゃないか? とでも言ってやろうかと思ったが、しかしこのときばかりは冗談を言っては駄目なことぐらい分別は弁えれた。シュトラフは真摯な双眸を据えて、自らの手を握り爪を立てながら尋ねた。
「捨てた奴に恨みはないのか?」
「恨みという機能は備わっておりません。もし備わっていたら道具の逆襲劇があったかもしれません」
 恨みなんか持っていなくても、持ち主に殴り掛かったりしているのは今は置いておこう。シュトラフは余計な一言を自重し耳を傾けた。
「ただあるとするならば、食べ残された肉片のような、置き忘れられた傘のような気持ちです。いえ、置いてかれたのではなく、捨てられているのですからそれ以下です――――少し、悲しかった。そんな気もします。ですがワタシには悲しいという感情はないはずです。気の所為でしょう。こんなココロは【致命的なエラー】です」
 カノンの声は終始冷淡で大した事ではないとでも言い聞かせているように見えた。奥の見えない蒼い瞳はどこか遠くを覗いていた。ついさきほど言い合いをしていたカノンが実は別人なんじゃないかと思えるほど可憐で物悲しい。
 ピシリと冷たい空気が肌を苛んだ。青空に灰色の雲が掛かり始めると、太陽が隠れ、巨大な影が差した。シュトラフはこみ上げる怒りから握り拳を作ると、力強い声で提案した。
「……今回の犯行は派手にやろう。静かにやれば余裕だろうけど、忘れられないほど派手にやろう。そんで捨てられたことなんて忘れちまえ。壁を思い切りぶっ壊して、あるもの全部、奪い取ろう。どうだ? いいと思わないか?」
 忘却は前進を生んでくれるはずだ。そうすればきっとカノンは良くなれるだろう。あわよくばカノンに恰好いいとこを見せて、もう馬鹿にするなと言い聞かせるのもいいかもしれない。
「それが貴方なりの気遣いですか?」
「お前がそう思うならそうなんじゃねえか? 少なくとも俺は真面目なときは真面目だぜ」
「ふん、臭い台詞ですね。臭い……棄てられた廃棄物以下。ですが……確かに忘れなくなりそうです。トラウマとして」
「トラウマ刻むのは貴族側だ。てなわけで一時帰還だぜ」
 シュトラフはくるりと踵を返した。カノンもその背を追ってトコトコと歩いて行った。