俺は家に帰り母の今日の出来事話を無視して部屋に向かった。
楽譜ばかりの机の上から、その間に挟んでいるある本を取り出した。
「これでしのぐか」
「ビデオ貸してやろうか?」
家に母しかいないと思っていたため、突然の父の声に言葉通り飛び上がる。
ドアも閉めてたのに無音で背後に立たれては驚くのも仕方ない。
「帰ってたの?」
「ああ、巽が家に入ってすぐにな」
父は俺の持っていた本を取り上げ、そのまま読み始める。
「これコンビニのか? センスないな」
流し読みしていく父はため息を吐く。
そしてその本を投げ捨てた父は、ちょっと待ってろ、とだけ言い部屋を出て行った。
言う通りに待っていると、今度は母が入ってきた。
「息子が未だにこんなもの読んでると思うと、悲しいわ?」
入ってくるなり先ほどの本を拾い上げ父のように流し読んでいった。
「なるほどなるほどなるほどね?」
その本から何を得ているのか分からないが、母は何度も頷く。
その後ろから父がいくつかビデオテープを重ねて持ってきた。それを床に置くと、この部屋にビデオデッキがないことに気づき、
「リビングに行くぞ、ママも観るだろう?」
「むふふ、観ます観ます」
「ま、待てよ」
勝手に話が進んでいくのを止めるが、
「いいからいいから」
と母に強引に手を引っ張られリビングに連れてかれた。
ビデオをセットした父は俺の横に座り、何故か母と父の間に挟まれる形になっている。
父だけならまだしも母にまで居られるのは本当に気まずい。
当の本人は今か今かとワクワクしている様子で待っていた。逆に父はもう見たことがあるからか新聞を読み始めている。
「あ、始まる!」
母は俺の肩を叩き前を向かせる。
というか、これを親と観たところで俺の目的は達成しない。
見ないように俯いていると、もう始まったのか隣から母が、
「きゃあ、いきなり大胆ね?」
それに続き新聞を読んでいる父も、
「お、そのビデオか、それはな」
俺は手を思いっきり伸ばし、停止ボタンを押した。画面には満員電車の中で少し服が乱れた女性が映って止まっていた。
「なんで止めるの!」
「止めるだろ!」
父は新聞をたたみ、立ち上がった。
「飯にするか」
ケラケラと笑う父を見てからかわれていたことが分かった。
「もう、巽のせいだからね」
腑に落ちないが、もうどうでもいい。
「そうだ、巽」
食卓に着きおかずの焼き魚を食べていると、食事中にはあまり口を開かない父が真面目な顔になり呼んできた。
大事な話なのだろうか。
俺も真面目に聞こうと箸を置く。
「何?」
「帰りの三叉路で一緒にいた子は、彼女か?」
俺はわざわざ置いた箸を持ち直した。真面目な話かと思ったのに、そんな事かよ。
「何、見てたの?」
「まあな、で、どうなんだ?」
「違うよ、後輩なんだ」
そう言うと、父は少し残念そうにした。
「そうか、まあ大事にしてやれよ」
「まあ巽に彼女は早いか~」
母が笑いながら言うと、それに父が、
「でもな、その女の子にキスしようとしてたんだよ、巽のやつ」
と余計なことを言い出した。そんな話ししたら母が飛びついてくるに決まっている。
まあ見られているとは思っていたが、やっぱりキスしているように見えたのか。
「え! それでそれで!」
「残念、そこで終わり」
母は両手を広げ、ため息を吐いた。
「やれやれ」
腹は立つが無駄につっかかるのは話を広げるだけだと思い、俺は黙って食べ続ける。
「どんな女の子なの?」
母はそれを俺には聞かず父に聞く。
「そうだな、まあ少し小さい子だけど、顔も可愛いよ」
「顔見えるくらい近くで見てたの?」
俺が何の気なしに聞くと、父は箸を止めた。すぐに問いに答えてはくれず、
「父さん?」
「あ、ああ、近くでな、見た」
俺が呼ぶとようやく答えてくれたが、なんだか様子がおかしかった。いつも淡々と話す父がしどろもどろになっていたし、何か隠し事でもあるのだろうか。
なんて思っても、それを問いただしたりなんか息子の俺にはできない。
食事を終えた俺は少し気がかりを残したまま自分の部屋に戻った。